Column
2026/09/15
企業法務2025年9月に施行されたAI推進法により、企業は生成AI活用に伴う著作権侵害や情報漏えいなどの法的リスクへの対応をこれまで以上に迫られています。本記事では法務部が主導すべき社内AIガバナンス体制の具体的な構築手順とポイントを解説します。
AI推進法(人工知能関連技術の研究開発及び活用の推進に関する法律)は、2025年9月に施行された、AIの研究開発と活用を国全体で後押しするための法律です。EUのAI法のような罰則規定を中心とした厳格な規制型の法律ではなく、国がAI活用を推進しつつ、リスクの大きい事案には内閣総理大臣が指導・助言や事業者名の公表といった形で対応する、いわゆるソフトロー型の枠組みが特徴です。
具体的には、政府がAI関連の基本計画を策定し、AI開発事業者・提供事業者・利用事業者それぞれの役割を明確化したうえで、国民の権利利益に重大な影響を及ぼしうる事案が発生した場合には、内閣総理大臣が事実調査を行い、必要に応じて指導・助言を行う枠組みが設けられています。罰金や刑事罰を直接科す規定はないものの、指導に従わない事業者名が公表される可能性があり、レピュテーションリスクという観点では企業にとって十分に無視できない実効性を持っています。
もっとも、罰則が直接的でないからといって、企業法務が対応を後回しにしてよいわけではありません。AI推進法の成立を契機に、個人情報保護法や著作権法、不正競争防止法といった既存法令とAI活用の接点について、社会的な関心と監督官庁の目が一段と強まっています。法務部としては、AI推進法そのものの内容確認にとどまらず、関連法令全体を横断した社内体制の整備が求められる局面に入ったと理解しておく必要があります。
特に上場企業やBtoB取引の多い企業では、取引先からAI利用ポリシーの提示を求められる場面も増えてきています。自社のAI利用ルールを対外的に説明できる状態にしておくことは、単なる法令対応にとどまらず、取引先からの信頼獲得という営業上のメリットにもつながります。逆に、AI利用に関する社内ルールが未整備であることが取引審査の段階で判明すると、大手企業との新規取引において不利に働くリスクもあるため、早期の体制整備が結果的に事業機会の確保にもつながります。
生成AIを業務で活用する際、企業法務が特に注意すべきリスクは大きく3つに整理できます。いずれも、現場が便利さを優先してツールを使い始めた後になって発覚することが多く、事前のルール整備がリスクの発生確率そのものを下げるという点を意識しておく必要があります。
これに加えて、取引先や顧客との契約においてAI生成物の権利帰属や責任分担が曖昧なまま契約書が締結されているケースも少なくありません。委託業務の成果物にAIを用いた場合の著作権の帰属先、AI起因のミスによる損害の負担者をあらかじめ契約条項で明確にしておくことも、企業法務が対応すべき重要なテーマです。
これらのリスクは、AIツールを導入する部門だけで管理しきれるものではなく、法務部が横断的にリスクの所在を把握し、全社的なルールとして落とし込むことが不可欠です。現場任せの運用のままでは、リスクが顕在化して初めて法務部が事後対応に追われるという望ましくない事態を招きかねません。
AI推進法の趣旨を踏まえ、企業が実務上整備すべき社内AIガバナンス体制は、おおむね以下のステップで構築します。
これら4つのステップを進めるうえで陥りやすい失敗は、最初から完璧なルールを作ろうとして検討が長期化し、その間に現場でのAI利用がなし崩し的に広がってしまうことです。まずは最低限のルールで運用を開始し、実際の利用状況を見ながら段階的に精緻化していくアジャイルなアプローチのほうが、AI活用のスピード感とのバランスが取りやすいといえます。
法務部単独でこの体制を一から設計するのは負荷が大きいため、既存の内部統制体制や情報セキュリティ管理規程との整合性を取りながら進めることが効率的です。法務部門の体制設計そのものに課題を感じる場合は、法務部コンサルティングの詳細はこちらから外部の知見を取り入れる方法もあります。
ガバナンス体制の骨格ができたら、次に実務担当者が日々参照できる「AI利用ガイドライン」への落とし込みが必要です。盛り込むべき代表的な項目は次のとおりです。
ガイドラインを作成する際は、法務部だけで完結させず、実際にAIを日常的に使う現場の担当者の声を反映させることが定着のカギになります。禁止事項ばかりを並べた厳格すぎるガイドラインは、現場の反発を招いたり、会社に申請しない「隠れAI利用」を助長したりする恐れがあるためです。安全に使える範囲を具体的に示し、積極的な活用を後押しする姿勢とのバランスが重要です。
ガイドラインは一度作成して終わりではなく、実際の利用実態に合わせて継続的に更新する運用が重要です。形骸化したガイドラインは、かえって現場の無断利用を助長しかねません。策定後は定期的な周知研修とセットで運用し、新入社員のオンボーディングプログラムにもAI利用ルールの説明を組み込んでおくことをおすすめします。
AIガバナンスの実務を的確に進めるには、法律知識に加えてAI技術の基本的な仕組みやリスク特性を理解した法務人材の存在が大きな武器になります。しかし、こうした知見を併せ持つ人材は社内に十分いないケースが多く、採用市場でも希少性が高いのが実情です。
社内での育成方法としては、法務担当者にAIツールを実際に業務で触ってもらう機会を意図的に作ることが効果的です。座学だけでリスクを理解させようとするより、実際の生成AIの挙動や限界を体感したうえで、法的な論点と結びつけて学ぶほうが定着しやすい傾向があります。あわせて、情報システム部門やDX推進部門とのローテーションや合同勉強会を通じて、部門を越えた知見の共有を進めることも有効です。
自社での育成と並行して、AI・テクノロジー分野の知見を持つ法務人材を外部から迎え入れることも有力な選択肢です。専門性の高い人材をピンポイントで確保したい場合は、法務人材募集の詳細はこちらから採用支援サービスを活用する方法があります。
AIガバナンス体制の構築は、法務部が自前だけで抱え込む必要はありません。ガイドラインのドラフト作成やリスク評価の一次スクリーニング、他社事例のリサーチなど、定型化しやすい業務は外部の専門チームに委託することで、法務部の限られたリソースを重要な意思決定に集中させることができます。特に、AI推進法の施行から日が浅い現時点では、社内に判断基準となる先例が乏しく、初動の型づくりの段階で外部の専門知見を借りることが、遠回りに見えて結果的に近道になるケースが少なくありません。
業務量の波が大きいAI関連法務対応において、必要な時に必要な分だけ専門知見を活用したいという場合は、法務アウトソーシングについてはこちらから相談することも可能です。スポットでのガイドライン整備支援から、継続的な契約書レビュー体制の構築まで、企業の状況に合わせた委託範囲の設計ができれば、常勤の専門人材を新たに採用するよりも早く、かつ柔軟に体制を立ち上げられます。
自社の体制や課題に応じて、内製化と外部活用のバランスを柔軟に設計していくことが、AI時代の企業法務に求められる姿勢といえるでしょう。特定のAI関連プロジェクトが立ち上がるタイミングに合わせて外部人材を短期間だけ活用し、プロジェクト終了後は知見を社内にナレッジとして蓄積していくといった使い方も、費用対効果の高いアプローチです。
AI推進法をはじめとする関連法令は今後も改正が続く分野です。個人情報保護法の次期改正や、業界ごとのガイドライン整備の動きなど、注視すべきポイントは多岐にわたります。法務部門は最新動向を継続的にウォッチしながら、一度作った社内ガバナンス体制を固定化せず、段階的にアップデートしていく姿勢を持ち続けることが、企業のAI活用を持続的に支える基盤になります。
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