Column
2026/07/31
法務キャリア法務部は長らく「守りの部門」「リスクを止める部署」というイメージを持たれてきました。契約書のチェックやリスクの指摘こそが法務の本分であり、伝え方は二の次でよい、と考える方も少なくないかもしれません。しかし近年、企業経営のスピードが増し、事業部門が迅速な意思決定を求める中で、法務部には単にリスクを指摘するだけでなく、経営層や事業部門に対して的確に情報を伝え、意思決定を後押しする役割が強く求められるようになっています。
どれほど優れた法的知見を持っていても、それが相手に伝わる形で説明できなければ、事業のスピードを止めてしまったり、リスクが正しく認識されないまま物事が進んでしまったりする恐れがあります。逆に言えば、同じ法的知見を持つ法務パーソンであっても、伝え方一つで社内での評価やキャリアの広がりは大きく変わってきます。本記事では、法務パーソンがキャリアを切り拓くうえで欠かせない「伝える力」「動かす力」「聴く力」を高めるための具体的な方法をご紹介します。
法務担当者が指摘するリスクや助言は、多くの場合、法的には正しい内容です。しかし、正しさだけでは相手の心を動かすことはできません。経営層や事業部門の担当者は、法律の専門家ではなく、限られた時間の中で事業上の意思決定を行う立場にあります。法務パーソンには、正しい内容を「相手が理解でき、行動に移せる形」に翻訳して伝える力が求められます。
事業部門から「法務に相談すると話が長くなる」「頭ごなしに否定される」と思われてしまうと、重要な案件が相談されないまま進んでしまうリスクが高まります。逆に、日頃から信頼関係を築き、円滑にコミュニケーションが取れる法務パーソンには、案件の早い段階から相談が寄せられるようになり、結果としてリスクの早期発見・早期対応につながります。コミュニケーション力は、法務部の本来の役割であるリスクマネジメントの質そのものを左右する重要なスキルなのです。
法的知識は法務という職種の中でこそ価値を発揮しますが、コミュニケーション力や交渉力は、法務部長・法務マネージャーへの昇進はもちろん、事業部門や経営企画への異動、さらには独立や転職といった多様なキャリアの選択肢においても通用する「ポータブルスキル」です。法的専門性とコミュニケーション力を掛け合わせることで、法務パーソンとしての市場価値は大きく高まります。
多忙な経営層への説明では、時系列で経緯を説明する構成は避けるべきです。まず結論(リスクの有無、推奨するアクション)を述べ、その後に根拠や背景を補足する「逆三角形」の構成を意識しましょう。結論が先に伝われば、経営層はその後の説明を「なぜそう言えるのか」を確認する時間として聞くことができ、理解のスピードが格段に上がります。
「法的リスクがあります」という抽象的な説明では、経営判断の材料になりません。発生確率や想定される損害額、対応にかかる期間やコストなど、可能な限り数字に落とし込んで説明することが重要です。あわせて、「対応した場合」「対応しなかった場合」のシナリオを比較して示すことで、経営層は自分事として意思決定を行いやすくなります。
法務担当者は職業柄、正確性を期すために情報を詳細に盛り込みがちです。しかし経営層向けの資料では、意思決定に直結する情報だけに絞り込み、詳細な法的根拠は別紙や補足資料に回すという工夫が有効です。スライド1枚につき伝えたいメッセージは1つに絞り、図表を用いて視覚的に理解できるよう工夫することも、限られた時間で正確に伝えるための重要なポイントです。
こうした経営層への説明資料の型化や、法務部全体としての「伝え方」の底上げに課題を感じている企業様は、外部の専門家の知見を取り入れることも有効な選択肢です。法務部コンサルティングの詳細はこちらから、体制づくりのご相談をいただけます。
事業部門からの相談に対して単に「それはできません」と回答するだけでは、法務は「事業のブレーキ役」としか認識されません。リスクを指摘する際には、可能な限り「この条件であれば実現できます」「この代替案であればリスクを抑えられます」といった形で、事業を前に進めるための選択肢をあわせて提示することが信頼構築の鍵となります。
契約書や法令の専門用語をそのまま使って説明すると、事業部門の担当者にとっては理解のハードルが高くなります。専門用語を平易な言葉に置き換え、具体的な業務シーンに即した例えを用いて説明することで、理解度と納得感が大きく変わります。社内向けのガイドラインやFAQを整備し、よくある質問には自己解決できる仕組みを用意しておくことも、事業部門とのコミュニケーション負荷を下げる有効な手段です。
伝える力と同じくらい重要なのが「聴く力」です。事業部門の担当者が何を実現したいのか、どのような制約の中で動いているのかを丁寧にヒアリングすることで、的外れなアドバイスを避け、真に価値のある提案ができるようになります。相手の話を最後まで遮らずに聴く、要点を復唱して認識をすり合わせるといった基本的な姿勢が、信頼関係構築の土台となります。
問題が発生してから初めて事業部門と接点を持つのではなく、日頃から定例のミーティングや勉強会などを通じて関係を構築しておくことも重要です。
交渉力やプレゼンテーション力は、知識としてインプットするだけでは身につきません。社内の同僚と役割を交代しながら想定問答を行うロールプレイングは、実際の交渉の場で落ち着いて対応するための有効なトレーニングです。相手役の視点を経験することで、自分の説明のどこが分かりにくいのかにも気づくことができます。
社内だけでは得られない視点やフィードバックを得るために、社外の研修やコミュニティを活用するのも有効です。他社の法務パーソンとの交流を通じて、自社では当たり前だと思っていたコミュニケーションの課題に気づくケースも少なくありません。ビジネスコミュニケーションやファシリテーションに特化した外部研修を、資格取得のための研修と並行して取り入れることをおすすめします。
プレゼンテーションや交渉の後は、上司や同僚から率直なフィードバックをもらう習慣をつけましょう。「何が伝わり、何が伝わらなかったか」を振り返ることの積み重ねが、着実なスキルアップにつながります。1on1の機会を活用し、自分では気づきにくい話し方の癖や資料の分かりにくさについて、定期的に指摘してもらう仕組みを作ることも効果的です。
こうして磨いたコミュニケーション力や交渉力は、社内での評価にとどまらず、法務パーソンとしての市場価値そのものを高める資産になります。ご自身のスキルを活かせる新たな環境を模索したい方や、より高いレベルの法務組織で経験を積みたい方は、法務人材コネクトの詳細はこちらから今後のキャリアについてご相談いただけます。
法務パーソンに求められる役割は、法的リスクを「止める」ことから、事業を適切な形で「前に進める」ことへと変化しています。その変化の中心にあるのが、経営層や事業部門との円滑なコミュニケーション力です。結論から話す構成、数字とシナリオでリスクを語る技術、代替案を示す姿勢、専門用語を翻訳する意識、そして相手の話に耳を傾ける聴く力——これらは一朝一夕には身につきませんが、日々の小さな実践とフィードバックの積み重ねによって、着実に磨いていくことができます。
法的な専門性に加えて高いコミュニケーション力を備えた法務パーソンは、これからの企業法務においてますます重要な存在になっていきます。ぜひ本記事で紹介したポイントを、日々の業務の中で少しずつ実践してみてください。
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