2026/03/31
労働法務近年、企業を取り巻く労働関連のリスクは急速に高まっています。パワーハラスメント防止法(改正労働施策総合推進法)の全面施行、カスタマーハラスメント対応の義務化論議、そして解雇無効判決による多額の未払い賃金リスク——これらはいずれも、法務部が積極的に関与しなければ対処困難な問題です。
従来、労働問題は人事部門が主体となって対応することが多く、法務部は「問題が起きてから相談を受ける」立場に置かれがちでした。しかし現代の企業法務においては、そのような受動的な関与では不十分です。法務部が主体的に労働リスクの予防・管理に関わることで、訴訟リスクの低減、企業レピュテーションの保護、そして経営の安定化に大きく貢献できます。
本記事では、法務部が特に押さえておくべき労働関連法務の実務として、ハラスメント対応体制の整備と解雇リスクへの対処を中心に解説します。LeONEが支援する法務部コンサルティングの現場でも頻繁に相談を受けるテーマですので、ぜひ自社の体制整備にお役立てください。
2020年6月に施行(中小企業は2022年4月から義務化)されたパワーハラスメント防止法により、すべての事業主は職場におけるパワハラ防止のための雇用管理上の措置を講じることが義務づけられました。具体的には以下の4点が求められています。
セクシュアルハラスメント(セクハラ)・マタニティハラスメント(マタハラ)については以前から防止措置が義務化されており、現在は複数のハラスメントが複合的に発生するケースへの対応も求められています。
法務部は、人事部門とともに以下の取り組みを主導的に行うことが望まれます。
社内規程の整備と見直し:就業規則やハラスメント防止規程が最新の法令・判例に対応しているか定期的に確認し、必要に応じて改定します。特に「パワハラの定義」「懲戒処分の基準」「調査手順」などが明確に規定されているかが重要です。
相談窓口の法的位置づけの確認:相談窓口の担当者が守秘義務を適切に理解しているか、相談内容をどの範囲で共有するかのルールが法的に問題ないか確認します。特に外部窓口を利用する場合は、委託契約の内容を精査する必要があります。
調査手続きへの関与:ハラスメント事案が発生した場合の社内調査に法務部が関与することで、証拠保全の適切な実施、調査の公正性の確保、将来的な訴訟への備えが可能となります。調査結果の文書化においても、法務的な観点からのレビューが不可欠です。
ハラスメント相談が持ち込まれた際の初動対応は、その後の事案処理の方向性を大きく左右します。法務部が意識すべきポイントは次の通りです。
事実確認と証拠保全の優先:相談を受けた段階で、関連するメール・チャット履歴、業務記録などの証拠を早期に確保します。クラウドサービスの場合は保存期間に制限があるため、迅速な対応が求められます。
関係者の分離:調査期間中に被害者と行為者が接触することを防ぐため、配置転換や業務上の接触禁止措置を検討します。ただし、この段階での処分はあくまで暫定的なものである必要があり、一方の言い分だけで重大な不利益処分を行うと逆に法的リスクが生じます。
弁護士への早期相談:事案が複雑化する可能性がある場合、または行為者・被害者のいずれかが法的手段を示唆している場合は、速やかに外部弁護士に相談します。対応方針を法的根拠に基づいて決定することで、後の訴訟リスクを最小化できます。
調査の結果、ハラスメントが認定された場合、行為者への懲戒処分を検討することになります。法務部が特に注意すべき点は以下の通りです。
日本の労働法制において、解雇は「客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合」は無効とされます(労働契約法第16条)。この「解雇権濫用法理」は非常に強力であり、欧米諸国と比較しても解雇要件が厳格です。
法務部が特に把握しておくべき解雇の類型とリスクは以下の通りです。
普通解雇:能力不足・勤務態度不良・業務命令違反などを理由とする解雇です。裁判所は「解雇に至るまでの指導・改善機会の付与」「配置転換の検討」などを重視します。一度や二度の問題行動で即座に解雇することは、原則として認められません。
懲戒解雇:重大な非行(横領・暴力・ハラスメント等)に対する最も重い懲戒処分です。ただし、「事案の重大性」と「処分の相当性」が厳しく審査されます。客観的事実の裏付けなく懲戒解雇した場合、地位確認訴訟と多額のバックペイ(未払い賃金)リスクを抱えることになります。
整理解雇(リストラ):経営上の理由による解雇です。裁判所は「人員削減の必要性」「解雇回避努力」「選定基準の合理性」「手続きの相当性」という4要素を総合的に判断します。これらの要素を慎重に検討せずに整理解雇を実施すると、無効と判断されるリスクが高まります。
解雇が無効と判断された場合、企業は解雇時点から判決確定時点までの賃金(バックペイ)を支払う義務を負います。訴訟期間が2〜3年に及ぶケースも珍しくなく、その間のバックペイは相当な金額になります。加えて、弁護士費用・訴訟対応にかかる人件費・風評被害なども含めると、解雇トラブルのコストは非常に大きいといえます。
法務部としては、「問題社員への対応」が持ち込まれた時点で早期に関与し、解雇に至る前段階での適切な対処を人事部門に助言することが、最も効果的なリスク管理となります。
法務部に相談が来るケースでは、「この社員を解雇できますか?」という質問が多いのですが、本質的には「解雇に頼らずに問題を解決できなかったか」を振り返ることが重要です。以下に、解雇リスクを低減するための予防的アプローチを紹介します。
パフォーマンス管理の記録化:能力不足や勤務態度の問題に対しては、口頭での注意だけでなく、書面による指導記録(業績改善計画・PIPなど)を残します。これが後の解雇を正当化するための重要な証拠となります。
段階的な対応プロセスの確立:問題行動に対して「注意→厳重注意→戒告→減給→出勤停止→懲戒解雇」という段階的な対応を踏むことで、手続き的公正が担保されます。人事部門が「段階を省いて直接解雇」するケースが後の訴訟で不利になることは多いため、法務部が事前に関与してプロセスを整備することが重要です。
退職勧奨の活用:会社と本人双方にとって負担の少ない解決策として、退職勧奨(会社から退職を促す行為)があります。ただし、退職勧奨が不当な圧力を伴う場合は強迫や違法行為とみなされるリスクがあります。法務部が適切な進め方を指導することで、トラブルを回避できます。
合意退職と退職合意書の整備:本人が退職に同意する場合は、退職合意書を締結し、後日の紛争を防止します。合意書には「解決金の授受」「請求権の相互放棄(清算条項)」「守秘義務」などを盛り込みます。この文書の作成においても、法務部の関与が不可欠です。
2024年11月に施行された「特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律(フリーランス保護新法)」は、フリーランス(個人事業主)との取引に広範な義務を課しています。法務部は、業務委託契約の書面交付義務・報酬支払期限の順守・ハラスメント防止措置の実施などが自社に適用されるか確認し、契約書ひな形の見直しを行う必要があります。
また、フリーランスが実質的に「労働者」に当たると判断されれば、労働法の適用を受けることになります。「名ばかり業務委託」のリスクは以前からありましたが、新法施行後はさらに注目度が高まっています。
顧客・取引先からのカスタマーハラスメント(カスハラ)についても、事業主は防止のための雇用管理上の措置を講じることが義務づけられる方向で議論が進んでいます。法務部としては、カスハラの定義・対応方針・従業員保護の手順を社内規程に盛り込み、現場の管理職・従業員への周知を図ることが求められます。特に顧客接点の多い小売・サービス業などでは、早急な対応体制の整備が必要です。
AI技術を活用した勤怠管理・業績評価・採用選考などが広がるなかで、プロファイリングや自動化された意思決定に関する法的問題も浮上しています。国内では個人情報保護法との整合性や雇用機会均等法上の問題がないか、法務部が横断的にチェックする役割を担うことが重要です。また、海外展開している企業については、EU AI規制法など海外の法規制も視野に入れて対応することが求められます。
本記事では、ハラスメント対応と解雇リスクを中心に、労働関連法務の実務における法務部の役割を解説しました。これらの課題に共通するのは、「問題が起きてから対応する」のではなく、「問題が起きないよう予防する体制を整える」ことの重要性です。
そのためには、法務部が人事部門と緊密に連携し、社内規程の整備・従業員教育・相談体制の構築に主体的に関与することが不可欠です。しかし、すべての企業が十分な法務リソースを社内に持てるわけではありません。
LeONEでは、法務部業務のアウトソーシング支援や法務部コンサルティングを通じて、このような労働法務体制の整備を支援しています。「社内の法務リソースが不足している」「ハラスメント対応の社内手続きを整備したい」「解雇に関する判断に自信が持てない」といったお悩みをお持ちの企業の法務ご担当者様は、ぜひLeONEにご相談ください。
また、スポットでの法務人材コネクト(外部法務専門家の活用)や法務人材募集サービスを通じて、必要なタイミングで必要な法務専門家を確保することも可能です。労働法務という高度な専門性が求められる領域だからこそ、外部の知見を積極的に活用することが、企業リスクの最小化につながります。