2026/03/29
コンプライアンス2022年6月に施行された改正公益通報者保護法は、企業のコンプライアンス体制に大きな変化をもたらしました。常時使用する労働者が300人を超える事業者には、内部通報に適切に対応するための体制整備が義務付けられ、違反した場合には行政機関による是正措置の対象となります。
しかし、制度を形式的に整備するだけでは不十分です。実効性のある内部通報制度は、コンプライアンス違反の早期発見・是正に寄与し、企業の持続的な成長を支える重要な経営インフラとなります。本稿では、法務部が中心となって取り組むべき内部通報制度の整備・運用について、改正法のポイントとともに詳しく解説します。
改正法の内容を正確に理解することは、制度整備の出発点です。2022年改正では、従来の制度から大幅に強化された以下の点が特に重要です。
300人超の事業者に対して、内部通報に応じるための体制整備が義務化されました。具体的には、内部通報窓口の設置、通報受付・調査・是正措置を担当する従事者の指定、そして通報者の秘密保持が求められます。300人以下の中小企業は努力義務とされていますが、取引先や親会社からの要請を受けて整備を進める企業も増えています。
内部通報制度の運用に関与する「従事者」には、正当な理由なく通報者の情報を漏らしてはならないという守秘義務が課されました。違反した場合には30万円以下の罰金という刑事罰も設けられています。法務部員が従事者として関与する場合、この義務を十分に認識した上で業務に当たる必要があります。
保護される通報者の範囲が拡大され、退職後1年以内の元労働者や役員も対象に含まれるようになりました。また、通報先として行政機関への外部通報の要件が緩和されたことで、企業内で適切に対処されない場合には外部機関への通報が行われやすくなっています。これは、企業側が内部通報を真剣に取り扱うインセンティブを高める効果を持っています。
通報者に対する解雇・降格・減給などの不利益取扱いに加えて、退職の強要や嫌がらせなども禁止されました。万が一、通報者への報復行為が発覚した場合、企業は法的リスクだけでなく、深刻なレピュテーションリスクにさらされることになります。
内部通報制度の中核となる通報窓口の設計は、制度の実効性を左右する最も重要な要素のひとつです。形式的な窓口を設けるだけでは、社員からの信頼を得ることはできません。
通報窓口は、社内窓口だけでなく外部の弁護士や専門機関に委託した外部窓口を併設することが推奨されます。上司や経営陣に関わる問題を社内窓口に通報することへの心理的ハードルは高く、外部窓口があることで通報のしやすさが格段に向上します。
また、電話・メール・Webフォーム・郵便など複数のチャネルを用意し、匿名でも通報できる仕組みを整えることも重要です。匿名通報を受け付ける場合、事後的な追加調査のためのコミュニケーション手段(暗号化されたメッセージシステムなど)を確保しておくことが望ましいです。
通報を受け付けてから調査・是正措置・フィードバックに至るまでの一連のプロセスを明文化し、担当者や責任者を明確に定めておくことが必要です。法務部・コンプライアンス部・監査部門・人事部門などの連携体制を事前に整えておくことで、通報を受けた際にスムーズに対応できます。
通報の対象が経営幹部や特定部門である場合、通常のラインに沿った対応では利益相反が生じる恐れがあります。そのような場合に備えて、取締役会・監査役会・監査委員会など経営陣から独立した機関への報告ルートを確保しておくことが重要です。
内部通報制度が機能するためには、通報者が「通報しても大丈夫」と信じられる環境を作ることが不可欠です。法務部は制度設計だけでなく、日々の運用においても通報者保護の中心的役割を担います。
通報者の氏名や通報内容に関わる情報は、必要最小限の関係者のみが知り得る状態を保たなければなりません。情報へのアクセス権限を適切に設定し、誰が・いつ・どの情報にアクセスしたかを記録するログ管理も有効です。また、通報者が匿名を希望している場合、調査過程でその身元が特定されないよう細心の注意を払う必要があります。
調査担当者は、通報の対象となっている部署や人物と利害関係がないことが求められます。外部の弁護士や調査専門機関に調査を委託することで、客観性と専門性を担保できる場合もあります。調査においては、通報者と被通報者の双方に対してフェアな手続きを踏むことが重要で、法的手続きの観点からも記録の保全と手続きの文書化を徹底してください。
通報者に対しては、通報を受け付けた旨の連絡から始まり、調査の進捗・結果・是正措置の内容についてできる範囲で報告することが求められます。改正法では、通報者への是正措置の実施状況の通知が努力義務とされています。通報後も継続的なフォローアップを行うことで、通報者の不安を軽減し、将来的な通報のしやすさにもつながります。
いくら優れた制度を整備しても、社員がその存在を知らなければ意味がありません。また、制度の存在を知っていても「通報すると不利益を被るのでは」という不安や、「見て見ぬふりが当たり前」という組織文化が根付いていれば、制度は機能しません。
内部通報制度の概要・窓口・利用方法・通報者保護の内容については、社内イントラネット・就業規則・コンプライアンスハンドブックなどに明記し、全社員がいつでも確認できる状態にしておきましょう。入社時の研修や定期的な全社研修においても制度の説明を組み込み、「制度を知らなかった」という状況をなくすことが重要です。
特に管理職層への教育は重要です。管理職は現場における最初の「気付き役」であると同時に、部下からの相談を受ける立場にあります。管理職が内部通報の意義を正しく理解し、部下からの相談に適切に対応できるよう、具体的な事例を用いたロールプレイング研修なども効果的です。
「おかしいと思ったことを言える組織文化」を醸成することは、一朝一夕には実現できませんが、法務部がコンプライアンス研修やメッセージ発信を通じて継続的に働きかけることが大切です。経営層や上層部が率先して内部通報制度の重要性を発信することも、組織文化の変容に効果的です。
内部通報制度は、整備したら終わりではありません。制度の実効性を定期的に評価し、課題があれば改善を重ねることが、持続的なコンプライアンス体制の構築につながります。
内部通報制度の運用状況を評価するためのKPIとして、年間の通報件数・通報チャネル別の内訳・通報内容の分類・調査完了までの平均所要日数・是正措置の実施率などを設定することが考えられます。これらの指標を定期的にモニタリングし、取締役会や監査委員会に報告する体制を整えることで、経営レベルでの制度管理が可能になります。
年に一度程度、社員を対象に内部通報制度の認知度・利用意向・信頼度についてアンケートを実施することも有効です。「通報したとしても適切に対応されないと思う」「報復が怖くて通報できない」という回答が多い場合は、制度設計や運用、あるいは組織文化に課題があるサインです。アンケート結果を分析し、具体的な改善策に落とし込むことが重要です。
自社の制度が法令に適合しているか、また他社のベストプラクティスと比較してどの水準にあるかを客観的に評価するため、外部の法律事務所やコンプライアンスコンサルタントによる定期的なレビューを受けることも選択肢のひとつです。特に法改正や規制環境の変化があった際には、制度の見直しを怠らないようにしましょう。
内部通報制度の整備・運用は、単なる法令対応にとどまらず、企業のコンプライアンス文化を支える根幹といえます。改正公益通報者保護法への対応を契機に、法務部が制度設計・運用・社員教育・継続的改善の中心を担うことで、企業全体のリスク管理水準を高めることができます。
LeONEでは、法務部の業務アウトソーシングや法務コンサルティングを通じて、内部通報制度の整備から運用支援まで、企業の実情に即した体制構築をサポートしています。法務体制の強化や人材確保にお悩みの場合は、ぜひお気軽にご相談ください。制度の形骸化を防ぎ、実効性ある内部通報制度を実現するための第一歩を、ともに踏み出しましょう。