2026/05/28
企業法務ChatGPTをはじめとする生成AI(Generative AI)の急速な普及は、ビジネスのあらゆる現場に革新をもたらしています。文書作成の効率化、契約書ドラフトの自動生成、リサーチ業務の高速化など、法務部門でも生成AIを活用する動きが急加速しています。
しかし、その一方で生成AIの活用には看過できない法的リスクが伴います。著作権の侵害リスク、個人情報・機密情報の漏洩リスク、AIが生成したコンテンツに関する責任の帰属問題——これらはいずれも現行法の解釈が定まっていない領域であり、法務部として早急に対応方針を策定することが求められています。
本記事では、生成AIが企業にもたらす主な法的リスクを体系的に整理し、法務部が実践すべき対応策を具体的に解説します。AIガバナンスの整備はもはや「将来の課題」ではなく、今この瞬間に取り組むべき最優先事項です。
生成AIに関する著作権上の問題は、大きく「入力(インプット)」と「出力(アウトプット)」の二段階に分けて考える必要があります。
生成AIは大量のテキスト・画像・コードなどを学習データとして使用しています。この学習データに著作権で保護されたコンテンツが含まれている場合、学習行為自体が著作権侵害にあたるのかという問題があります。
日本では、著作権法第30条の4が「情報解析」目的での著作物利用を一定範囲で許容していますが、その解釈には議論があります。特に商業目的での学習利用については、今後の判例・ガイドライン次第でリスクが高まる可能性があります。
生成AIが出力したコンテンツが、学習データとして取り込まれた既存の著作物に類似してしまうケースがあります。これを「著作権侵害の再現」と呼ぶこともあります。
企業が生成AIで作成したマーケティング資料・技術文書・コードなどが、既存の著作物に酷似していた場合、第三者から著作権侵害を指摘されるリスクがあります。このリスクは、生成物を外部に公開・販売するほど高まります。
生成AIが作成したコンテンツに著作権が発生するのか、発生するとすれば誰に帰属するのかという問題も未解決のままです。日本の著作権法では「人の創作的表現」を保護するため、AI単独が生成したものには著作権が発生しない可能性があります。
この場合、競合他社が同じプロンプトを使って類似コンテンツを生成しても、法的に対抗する手段を持てないというリスクが生じます。
生成AIサービスのほとんどは、クラウド上で提供されています。社員が業務で生成AIを利用する際に、意図せず機密情報や個人情報を入力してしまうリスクは非常に深刻です。
顧客の氏名・連絡先・契約情報などをプロンプトに含めて生成AIに入力した場合、これは個人情報の第三者提供(または委託)にあたる可能性があります。個人情報保護法に基づく適切な手続き(同意取得・委託契約締結など)なしに行った場合、法令違反となるリスクがあります。
特に注意が必要なのは、欧州GDPRの域外適用です。欧州居住者の個人データが含まれる場合、GDPRのより厳格な規制が適用される可能性があります。
未公開の製品情報、取引先との契約内容、財務情報、内部告発情報などをAIに入力した場合、これらがAIサービス提供者のサーバーに保存され、学習データとして利用されたり、セキュリティインシデントの際に漏洩したりするリスクがあります。
不正競争防止法の観点からも、営業秘密の管理を厳格に行っていない場合、保護要件を満たさなくなる可能性があります。
これらのリスクを踏まえると、生成AIに入力してよい情報の範囲を明確に定めた社内ポリシーの策定は急務です。「機密性レベルX以上の情報は入力禁止」「個人情報は必ず匿名化してから使用する」などの具体的ルールが必要です。
企業が生成AIサービスを利用する際、利用規約への同意が求められます。しかし、その規約の内容を精査せずに同意してしまうケースが多く見受けられます。
多くの生成AIサービスでは、ユーザーが入力したプロンプトや生成物の権利について利用規約で規定しています。サービスによっては、ユーザーの入力データをサービス改善のために利用したり、生成物に関する広範なライセンスを取得したりする条項が含まれている場合があります。
企業として利用する場合、これらの条項が自社の知的財産権戦略と整合しているかを確認することが不可欠です。
多くの主要な生成AIサービスは、企業向けのエンタープライズプランを提供しており、データの学習利用をオプトアウトできる契約条件が用意されています。リスク管理の観点から、一定規模以上の企業では個人利用プランではなくエンタープライズ契約を結ぶことを検討すべきです。
従業員が業務で生成AIを使用した場合、その結果生じた損害や法令違反について、雇用主である企業が責任を問われる可能性があります。使用者責任(民法715条)の観点からも、従業員のAI利用に関するルールを整備し、適切な教育を行うことが重要です。
生成AIに関するリスクを管理するためには、法務部が中心となってAIガバナンス体制を構築することが求められます。以下の4つの取り組みを順次進めてください。
まず取り組むべきは、社内向けの生成AI利用ポリシー(ガイドライン)の策定です。ポリシーには以下の内容を盛り込むことを推奨します。
社内で使用されているAIツール・サービスを洗い出し、各サービスの利用規約・プライバシーポリシーを精査します。特に以下の点を確認してください。
AIに関するリスクは法務だけでなく、情報セキュリティ・人事・コンプライアンス・各事業部門にまたがります。法務部が中心となり、部門横断的なAIガバナンス委員会を設置することが効果的です。
委員会では、利用ポリシーの策定・改定、新たなAIサービスの利用可否判断、AIインシデントへの対応方針決定などを担います。
どれだけ優れたポリシーを策定しても、従業員に正しく周知・遵守されなければ意味がありません。生成AIのリスクに関する研修や啓発資料の作成・配布を定期的に行うことが重要です。特に新しいツールが普及するたびに、タイムリーな情報発信が求められます。
生成AIに関する法規制は、世界各国で急速に整備が進んでいます。企業法務担当者として最新動向を把握することは、リスク管理の観点から不可欠です。
EUでは2024年にAI規制法(AI Act)が成立し、段階的に施行されています。この規制はAIシステムをリスクの高さに応じて4段階に分類し、高リスクAIには厳格な規制を課しています。日本企業であっても、EU市場に関連する事業を行う場合には域外適用の可能性があります。
日本政府は、内閣府・経済産業省・総務省が連携してAIガバナンスの整備を進めています。2023年にはG7「広島AIプロセス」が立ち上がり、国際的なAIガバナンスの枠組み構築が加速しています。AIに関する法制度は今後も変化が予想されるため、継続的なモニタリングが必要です。
文化庁では、生成AIと著作権の関係についての考え方を整理するガイドラインの策定作業が進んでいます。企業の著作権戦略に直接影響するため、法務部として動向を注視し、必要に応じて社内ポリシーを見直す準備をしておくことが重要です。
生成AIに関する法的リスクは、企業規模や業種を問わず全ての組織が直面する課題です。「まだ様子を見よう」という姿勢では、取り返しのつかないリスクを抱えることになりかねません。
法務部がまず取り組むべきアクションをまとめると以下の通りです。
LeONEでは、生成AIガバナンスを含む企業法務の戦略的課題について、法務部コンサルティングや法務人材コネクトサービスを通じてご支援しています。AIガバナンス体制の構築にお悩みの法務部長・法務マネージャーの皆さまは、ぜひお気軽にご相談ください。
法務部が主体的にAIガバナンスをリードすることで、企業はリスクを最小化しながら生成AIの恩恵を最大限に享受できます。今こそ、法務部が変革をドライブする時です。